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第六幕「劇団と演者」


 気が付いて始めに見えたのは、病院のように真っ白の天井だった。
 ぼぅとして上手く働かない頭で最後の記憶を辿ると、あの黒髪の少女に抱きとめられたところでスッパリと気を失ったようだ。思い出すと自分はかなり恥ずかしい姿を晒したのではと、高崎総一は思わず顔を隠すように押さえる。
 横になったまま左右を見回すと、どうやらここは医務室か何かのベッドのようだった。よく保健室で見かけるベッドの周りを囲うようなカーテンが、ぐるりと巡らされている。
 今、思わず顔を押さえた右手、握ったり開いたりしても普通に動く。横になったまま、続けて左腕、左右の脚と持ち上げてみても痛みなどは無い。
 変な姿に変わって化け物のような巨人と戦ったのだ。体に異常はないかと心配だったのだが特に問題は無いようで、総一はほっと息を吐き出した。
 慎重に上半身を起きあげて、その時初めて自分の頭に何かが取り付けられているのに気付く。
「なんだこれ……重いな」
 それを持ち上げ外して手に取ると、それは多数の電極を差し込まれたヘルメットのような形状をしていた。
 科学系の大学を舞台にしたドキュメント番組などで見た事がある。確か、脳波か何かを測るものだったはずだ。
 落ち着いて体を見下ろすと、何か良く分からない計器に繋がれたコードが自分の胸や腹の辺りにいくつも貼り付けられていた。服もいつの間にか病院に入院している患者が着るような、薄い水色の服に着替えさせられている。
 寝ている状態では全く見えなかったが、起き上がった総一から見て後ろに当たる枕元には、かなり大型の良く分からない機械がたくさん並べられていた。
「おいおい、俺が寝てる間にどこか改造でもされたんじゃないだろうな……」
 自分のセリフに、思わず苦笑する。
 『変換』だの『巨人』がどうだの、もう十分にフィクションのような体験をしてきたのだ。しかも、あんな姿に『変わった』後に改造されたというなら、順序が逆である。
 今はどんな推測も無意味でしかないと、不安を押し殺すように自分に言い聞かせた。
「さて、どうしたものかな」
 ベッドの下にはあつらえたように、これまた病院にあるようなスリッパが用意されている。
 体の調子から見て立ち上がって歩くことは出来そうだが、構造も全く分からない建物の中をうろつくよりも、ここで誰かが来るのを待っていたほうがいいのだろうか。しかし、ここでは現在時刻も分からない。ただ待っているよりも人を探した方が――――
 一人で考えあぐねていると、ちょうどいいタイミングで扉の開く音が聞こえた。
 風船から空気の抜けるような、SF映画の基地で自動ドアが開くような音である。
 入ってきた人物はなるべく音を立てないように歩いているのか、一言も発さずに総一のベッドに近づいてくる。
 いきなり襲われたりなどという事は無いだろうが、まだ見ぬ人物に総一は思わず身構えた。
 カーテンをゆっくりと開けたその人物は、ベッドに腰掛けていた総一を見て少し驚いたように目を見開くと、それでも落ち着いた調子で声をかけた。
「起きていたのか、高崎総一」
 いきなりフルネームで総一を呼んだのは、総一とそう歳の変わらない少年だった。明るい茶髪に髪を染め、学生服に身を包んでいる。場にそぐわない出で立ちに、総一は眉をひそめた。
「アンタは?」
「俺は白城綾人。君が気を失う前まで一緒にいた、長い黒髪の女の子を覚えてるだろう? 彼女と同じ組織のものだ」
「あー……なるほど」
 言われてみれば、あの少女も始めから総一をフルネームで呼んでいた。
 あの場で最後まで一緒にいたのは彼女だったわけだし、予想外の回答というわけではなかった。だが、『組織』だというのに会う人物が皆自分と同年代か年下にしか見えないという現状には、不安を感じずにいられない。
「ここはどこなんだ? どこかの病院か何かか?」
 医療用のものにしては、自分の状態に対して機材が大げさ過ぎる気がするし、時計や荷物が全く見当たらないのも妙だ。
「いや、病院じゃない。君がさっきまでいた芝浦埠頭からそれほど離れていない、海上自衛隊の施設の一つだ」
「自衛隊!?」
 驚いた総一に、綾人はあくまで冷静に答える。
「ああ。それも合わせてなんだが、色々と説明しなければならないことがある。君も聞きたいことが山ほどあるだろうし、とりあえず場所を移動しないか?」
「それはかまわないけど……この格好でか? 俺の制服は?」
 着ている水色の病人服をつまみながら聞き返す。
「臨海公園で気絶した時に、土の上に座ってしまっただろう。今、こっちの人間が洗濯してくれている。君が帰るまでには乾くさ」
 綾人は簡単に言い放ったが、それは言い換えれば話が終わるまでは荷物を返す気が無いと受け取ることもできる。
 ここで逆らって自分にできることはないのだ。素直に従っていくのが得策と考えて、総一は綾人に従って部屋を出た。

 建物は割りと新しいようで、清潔な白い壁に明るい蛍光灯が反射して眩しい。どこぞの企業ビルのような内装で、広々とした幅のある廊下が弧を描くように続いている。
 ところどころに見える扉の横には、全てカードキーを当てるようなセキュリティ用の機械が取り付けられていて、しかも廊下には窓が一つも無い。
 もともとそんなつもりは無かったのだが、逃げることは無理だと見せ付けられているようで、総一の不安感は次第に高まっていった。
 前を歩く綾人は部屋を出てから一言も口にしない。総一は気を紛らわす意味も込めて、綾人に話しかけてみることにした。
「なぁ、白城さん……だっけ?」
 綾人は立ち止まってちらりと総一の方を振り返ると、少し総一を待ってその隣に並ぶ。
「呼び捨てでいい。歳は君を同じだ」
「あ、そうなのか。じゃあ改めて。白城、これから説明はあるんだろうけど、その前に一つだけ先に聞いておいてもいいか?」
「ああ、それほど長くならないなら」
 再び歩き出す綾人。目的の部屋に着くまでなら、ということだろう。
「じゃあ聞くけど、あの『銀色の巨人』。あれはいったいなんだったんだ?」
 総一が一番気になっていたのは、やはりそこだった。
 社会化見学の途中で、臨海公園にいきなりやってきた『巨人』。八メートル近い巨体、液体金属のような外見、自動的に人間を襲う機械的な殺意。その全てが、今でも夢だと思いたいほどに非現実的だ。
 それでも、まだ思い出すと鳥肌が立つ。
 目の前で起きた出来事。そこで感じた恐怖が、脳裏に、体に染み付いて離れない。紛れも無い現実だったのだと、気を抜けば再び震える肌が覚えている。
 自分の姿を変えた『仮面』。総一をここに連れてきた、白城綾人や黒髪の少女のいる組織とやらの目的。それらも確かに気になったが、そんなことよりもこの恐怖の元凶である『巨人』。
 あれは『何だったのか』。それをまず聞いておかなければならなかった。
 綾人は少し間をおいた後、
「高崎。逆に聞くが、君はアレをなんだと思った?」と聞き返した。
「は?」
 質問を質問で返されると思わなかった総一は、思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
「詳しいことはまた後で説明を受ける。あの『巨人』に関しても詳しく話すと長いんだ、今向かっている部屋に着くまでに説明しきるのは厳しい。だから、今は君の見解が聞いてみたい」
 冗談を言うような調子でもなく、どこか総一を試すように綾人は総一を見つめている。
「高崎、君はあの『巨人』の正体はなんだと思う?」
 総一は一つため息を吐き出した。もう綾人は素直に教えてくれる気は無さそうだし、すぐに正解を教えてもらえるクイズにも興味は無い。
「そうだな……じゃあ、宇宙人なんてのはどうだ?」
 だからそれは不意に頭に浮かんだだけの、適当な思い付きだった。
「宇宙人? 本気で言ってるのか?」
 怪訝に聞き返す綾人に、もうヤケクソとばかりに総一はまくしたてる。
「もちろんだ。表面が銀色っていうのもそれっぽいし、ほら、六年前の『太平洋隕石』の後にも、調査隊が発見した未知の物質! とかインチキ臭いドキュメントが何回かやってただろ。海の方――っていうか『大堤防』の向こうからやってきた事から考えると、それも割りと信憑性あるんじゃないか?」
 勢いに任せて適当なことを言っている総一を、綾人は呆けたような顔をして見ていた。それがまるで自分のセリフに呆れているようで、総一はばつが悪そうに頭を掻く。
「……なんだよ、そっちが言えって言ったから答えてたんだぞ? そんな馬鹿を見るような顔しなくたっていいだろ」
 総一の言葉に、綾人ははっとしたように弁解する。
「あ、いや悪い。馬鹿にしてるわけじゃないんだ。ただちょっと驚いただけで」
「いやまぁ、自分でもかなり荒唐無稽な話だったとは思うけどな。一回見ただけで完璧に当てるなんて無理に決まってるだろ? 全然違ったからって大目に見てくれよ」
 そう言って再びため息を付いた総一に、綾人は片手を振って答える。
「違う違う。その逆だ」
「逆?」
「ああ」と答えた綾人の顔は、完全に真面目な風貌を取り戻していた。深刻そうな顔で、総一を真っ直ぐに見返している。

「今、高崎が言った宇宙人説。それがほとんどそのまま、正解だっていう話だ」


 高崎が連れられてきたのは、長く続いてきた通路の突き当たり。
 他の部屋よりも一回り大きい扉の横には、セキュリティ用のカードキーを当てる機械の他にカラオケボックスにあるような受話器だけの電話機が備え付けられていた。
 綾人はその受話器を手に取ると、しばしの間を置いて室内にいるであろう相手と受け答えを始める。
「はい、白城です……そうです、高崎総一を……ええ。お願いします」
 綾人が受話器を戻すと、ピーという電子音の後にロックの外れる無骨な機械音が廊下に響く。
 開かれた扉の向こうには、かなり広いスペースが取られていた。
 学校の教室が二つはすっぽりと並べられるほどの奥行きに、天井は五メートル以上あるだろう。扉から入って正面にパソコンの置かれた大きめの机が設置されている。
 しかし総一はその広い部屋に来て未だ、目が覚めたときから感じている閉塞感を拭い去ることができないでいた。
 この部屋にも窓が無い。白い無地の壁、天井から降り注ぐ蛍光灯の人工的な光、廊下よりも一層事務的で地味な内装。その部屋の主の趣味なのか、室内には調度品の類が何一つ置かれていない。
 総一のために急いで用意したらしい簡素なパイプ椅子が、机の向かいで居心地悪そうにポツンと佇んでいる。
 品の良さそうな、それでいて落ち着いたデザインの革張りの椅子に腰掛けていた部屋の主は、総一と綾人立ち上がって出迎えた。その横には総一を助けた長い黒髪の少女もいる。
「はじめまして、高崎総一君。起きたてでわざわざ出向いて貰って済まない。私はこの『組織』の現場指示を出す立場にいる、鹿島智久だ」
 鹿島と名乗った男の隣に立つ黒髪の少女と目が合った。相変わらず感情の読めない彼女の代わりに、鹿島が少女を紹介する。
「さっきまで一緒にいたから紹介は不要だろう……彼女は雪野透花。あり合わせで済まないが、そこの椅子に掛けてくれ」
 そう言って、鹿島は総一にパイプ椅子に座るよう促す。
 総一が綾人の方を振り返ると、綾人は扉の横に寄りかかったまま動くつもりは無さそうだ。おそらく、万に一つでも総一を外に出さないためだろう。
(そこまで警戒するのか……ただの高校生の俺を?)
 それだけではない、今の自己紹介で鹿島は自分の事を何も語っていない。
 『組織』とやらの名前も、自らの役職すら明確には明かしていない。綾人がさっきの部屋で言っていた、ここが海上自衛隊の施設だと言う話も怪しいものだ。
 総一は言われたとおりに腰掛けながら、自分は半ば捕らわれの身であることを今さらながらに自覚した。
「綾人から少しは事情を聞いたか?」
 鹿島も自分の椅子に腰掛ける。指を組んで机に肘を付き、その上に顎を乗せるという仕草は、ともすればとてつもなく陳腐に見えてしまいそうだ。
 しかし、鹿島のそれからは威厳とも呼べるようなオーラが感じられる。顔立ちだけ見れば歳は高く見積もっても三十代前半だろうにも関わらず、それに見合わない雰囲気が溢れ出ていた。
「……あの『銀色の巨人』が、宇宙人だとかいうのは聞きました」
 多少気圧されながら総一が答える。
「そう、君が『銀色の巨人』と呼ぶあの金属生命体のことを、私たちは《顔無し(ノーフェイス)》と読んでいる。いや、金属……というのは正確ではないな。あれは言わば、原子生命体とでも言うべき存在だ」
 《顔無し》……。確かに、あののっぺりとした凹凸の少ない粘土で作った人型のような外見に、その名前は的確であるように感じられた。
「原子生命体……ですか?」
「君も見ただろう。一度喪失した部位を、造作も無いことのように再生する《顔無し》を。彼らは頭の中心に『核石』という物質を内包している。それを壊さない限り、彼らは周りの無機物を原子分解して自分の体と同化させることができる。核融合も無しに非科学的な話だと私も思うが、これは事実だ」
 思い出した。
 自分が倒れる少し前に、木々を光の粒に変えて自らを修復していた『巨人』――《顔無し》のことを。
 そこはもう、ただの高校生である総一にはいくら頭を回しても分からないことなのだろう。とりあえず理屈は置いておくことにして、総一は別の部分について尋ねてみることにした。
「アレは……生命体……なんですか?」
 それは疑問と言うよりも、信じたくなかったこと。アレが現実だという事は、嫌というほど思い知った。しかし大きさも、その外見も、自分を襲ってきた行動からも、アレを生命とまで認めてしまうのを頭のどこかで拒否している。
 まるで、それが最後の一線だとでも言うかのように。
 自分が襲われた時に感じた圧倒的な殺意。それは確かに今まで生活してきた中で、有り得ない程の恐怖を身に染み込ませた。
 だが、もしかしたらその殺意は恐怖による錯覚だったのかもしれないのだ。
 総一が認めたくなかったもの、それは――――
「そうだ」
 総一の迷いを切り捨てるように、鹿島はきっぱりと言い切った。
「君が戦った《顔無し》を、《クレイマン》と我々は呼んでいる。《クレイマン》には『人間を探して殺す』という単純な意志しか与えられていないが、《マリオネット》という上位個体には地球の言葉を解して会話をする知能すらある。《顔無し》は間違いなく生命――意思を持つものだ」
「そう……ですか」
 認めなければならない。そう感じた瞬間、総一の中で何かが切り替わった気がした。
 断片的にしか覚えていない、自分が『変わって』いた時の記憶。そこで自覚した感情、それが間違いなく自分のものであるということ。
「もう粗方察しは付いているだろうとは思うが、そろそろ本題に移らせて貰おう。高崎総一君、私たちは君を『組織』に迎え入れたいと考えている。もちろん活動内容は《顔無し》と戦うことになる。正直な話、君には苦しい経験ばかりさせることになるだろう。しかしそれが、君の身の回りにいる人々を守ることにも繋がると思って――――」
 あくまで落ち着いた調子で総一を勧誘する言葉を並べていた鹿島は、当の総一の様子がおかしいことにやっと気付いた。
 顔を隠すように目の前に手を当て、俯き気味の肩は震えている。
 鹿島にはそれが、泣いているように見えた。
「高崎君?」
 しかし、総一は泣いていたのではない。
「なるほど、なるほど、なるほど。そういう話になるわけだ」
 顔を上げた総一は、笑っていた。
「突然変な怪物に襲われて、都合が良過ぎるくらいにタイミング良く出てきた女に言われてムリヤリ戦わせられ、挙句の果てには仲間になれと来たもんだ」
 心底この状況が楽しくて仕方ないと言わんばかりに、顔の半分を手で覆い隠しながら、露になっている口の端をこれでもかと吊り上げて。
「冗談じゃないね! アンタらは俺に隠し事をしすぎてる。そんな状態で入るも入らないも無いじゃないか」
「隠し事……?」
 見当も付かないという様子ではない。どこまで察しが付いているのかを確認するように鹿島は聞く。
「たとえば! そこの雪野とかいう女は俺に言った。あの怪物から俺を連れて逃げる時に『任務』だと、戦い終わった時には全て想定内だとまで言った。なら、俺のクラスメイトが何人も怪我をした臨海公園で、最初に降ってきた槍のことだって予想できていたはずだ!」
 鹿島も、隣に立つ雪野透花も、後ろにいるはずの綾人も、黙って総一の発言に耳を傾けている。
 一人で笑いながら叫び散らす総一を冷ややかな目で見つめながら。
「いや、それ以前にあそこまであの怪物がやってきたのだって、アンタたちの差し金かもしれない。怪物を臨海公園に誘き寄せて、被害を黙認した。俺を怪物と戦わせるってだけのために。違うか!?」
 興奮を隠す気も無く、昂ぶる感情を真っ直ぐにぶつけてくる総一に対して、それでも鹿島は冷静だった。
 含み笑いすら浮かべて、茶化すように数回拍手をする。
「いいや違わない。驚いた、まさか目を覚ましてから三十分足らずでそこまで状況を把握するとはな。《アクター》としてでなくとも、『組織』に欲しいくらいだ」
「言っただろう、冗談じゃない。『身の回りの人々を守る』? 馬鹿にしてるのか! たった一人の高校生を勧誘するために、大勢の一般人を危険に晒すような奴らが言うセリフじゃない!」
「ならばどうする? 信用できないから仲間にならない、だから立ち去ると? 言っておくが、『組織』に入らないのなら君をこのまま外に出すつもりは無い。そもそも、私たちの案内無しには君がここから出ることはできない」
「できるさ」
 総一は簡単に言い放つ。
 顔の上半分を隠していた手を、薙ぎ払うように振った。
 その下から出てきたのは『仮面』。彼の『変わった』姿と似た、動物の頭蓋を模した『仮面』がいつの間にか総一の顔を覆っている。
「ずっと気が付いてた。目が覚めてから、コイツが俺に呼びかけ続けてたのを。コイツが全部教えてくれた。『力』がもう俺の中にあること、それを自分が使いたがっていること」
 目が覚めて、荷物と共にどこにも見当たらなかった『仮面』。
 思い返してみれば、それは『変換(コンバート)』が解けた時にはもう消えていた。当たり前だ。『仮面』はすでに自分の身体の中にあったのだから。
 《顔無し》が生物だと信じたくなかったのは、この『力』のせい。
 この『力』を振るいたがっている、自分が異常に変わっていくことをとてつもなく悦んでいる。《顔無し》を攻撃した瞬間、愉しいとさえ感じた。
 そんな自分の内から湧き出た殺意を認めたくなかった。
「でももう無理だ……抑えられない。アンタたちのせいだぜ? 俺は出て行く、この建物全部を壊してでも」
 そして言おうとした、あの言葉を。自らを異形へと変える呪文を。
 しかしその時、総一の思いも寄らない人物が唐突に口を挟んできた。
「それは不可能だ」
 後ろからかけられた声に振り向くと、そこにいたのは――どこから取り出したのか――白銀の西洋剣を持った白城綾人だった。
「始めてしまえば言葉を交わす余裕も無いだろうから、今言っておく。高崎、君の《キャスト》は確かに強力だ」
 呆然とする総一の前で、綾人の持つ剣が白く輝きだす。
「だが……君は今、決して強くは無い」
 幅広の刀身には、まるで紋様のように金の装飾が施されている。人面をかたどったようなそれは、まるで『仮面』。
 顔を隠すように、剣を垂直に構えた綾人の口から『あの言葉』がこぼれる。それは総一が言おうとしていた言葉。自らの存在を変革する言葉。

「……『変換』!」

 それが合図。高崎総一と白城綾人の二人が相まみえた、初めての戦いの幕開けであった。
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